(Ⅸ)にゃんこ亭の猫たち ①散歩する猫 【その1】
夏の夕暮れ。
夕食が済むと、『はやく、さんぽにいこうよ』
大吉が、わたしたちを誘う。
不思議なことに、この散歩は、
7月の梅雨が開ける頃に、突然、幕を開け、
9月になって、風の中に秋の気配が漂いだすと、
緞帳が下りるように、終わりを告げるのだった。
どうしてなのかは分からないが、2か月ちょっとの期間限定。
大吉には・・なのか、猫にはなのか、
最良の季節だったのかもしれない。
わたしたちを誘うときの様子は、はにかんだ女の子のようだ。
白いほっぺにピンクの鼻の猫は、柱に頭をスリスリする。
そして、かすかに『ニャ~‥』と鳴く。
さながら深窓の令嬢のようなのだった。
ケンカに明け暮れる暴れ猫には、どうしたって思えない。
大急ぎ、夕食の後片づけを済ませる。
その間、おとなしくじっと待っている。
「さあ、行こう!」と言うと、
玄関の三和土にいそいそと出る。
大吉の歩きたいように歩かせる。
大吉はもちろんリードなどつけていない。
縄張りが、だんだん分かってくる。
草陰から、ライバル猫も覗いていたかもしれない。
夜の散歩は、わたしたちばかりではなかった。
犬を連れて、たくさんの人たちが行き交う。
猫との散歩が珍しいらしくて、声を掛けてくれる。
当然、犬も足を止めて、もの珍し気に寄って来る。
すると、大吉は猛然と犬に唸る。
シャーーー!!!
鼻柱には横に三本くらい唸りジワがよる。
まるで、暴漢からわたしたちを守ろうとしているかのようだ。
なかなかの迫力に、犬の飼い主たちからは、
「おお!」「すごい!」という感嘆の声が飛ぶ。
大型犬にもひるまない。
たじろぐほどの猛ジャンプをお見舞いする。
小型犬には、猛ダッシュだ。
逃げる犬を追いかけて行って、蹴散らす。
犬たちはリードに繋がれているから、
反撃したいだろうが、それはできない。
大吉は、勇気凛々、わたしたちを守り、
意気揚々と、散歩に戻るのだった。
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