（４）マント嬢 ②お誘い
「あのぉ、・・ねこさん」
猫は歩く姿のままで、ピタリと足を止め、
顔だけふり向いて、ニャ、といった。。
そして、初めてわたしの顔を見上げた。
『なにか？』
といってそうなまなざしだ。
なんて、きれいな猫なの！
江戸の絵師、菱川師宣の「見返り美人」のようだ。
「あ、あの、わたしね、この路地を入って二つ目の庭なの」
文法が変だ。
わたしは舞い上がっている。
こんなにすてきで、美しくて、おもしろい猫とは、
なんとしても、お友だちにならなければ！
逃がすものか！
もう、必死だ。
わたしは、ねこなで声を出し、もみ手をしながらいった。
「えっと、あの、あそびに来ませんか？明日。
ね！・・明日の今頃、どうでしょう！」
卑屈なくらい低姿勢である。
時間は午後２時ごろ。
猫は、ふっと上目遣いで、空を見やった。
もしかして、お日さまの位置を確かめているのでは？
「今頃」といったわたしのことばに、
時間を確かめたのではないかしら、と感じた。
もし、そうなら、すごい猫だ！
なんだか、ワクワクしてくる。
「さっきは、変ないいかたでしたけど、
あの、正しくは、二つ目の庭がわたしの庭なんです。
ここの路地を入って、ふたつめの・・」
猫は、顔だけではなく、体もわたしに向き直った。
（よしよし。もう、こっちのもんだわ）
猫を引き留めることができたことで、
わたしは、内心ほくそ笑み、すこし落ち着いた。
そして、細い路地の奥を、ていねいに指で示した。
「あの路地は知っているでしょ・・」
そこは、猫道にもなっていたから、
飼い猫でも地域猫でも利用している。
いわば、猫たちの銀座通り、といってもよかった。
猫は、さっと路地に目を向けた。
たいていの猫は、
人の指の先だけを追うものだが、
この猫は違った。
指し示す【方向】をしっかりと見つめている。
ことばを理解しているとしか思えない。
わたしは、内心、そうとうびっくりしながら、いった。
「待ってるから！ね！お願い。ぜひ来てくださいね」
猫は、わたしに眼を転じ、
『わかった。あしたのいまごろね』
という顔をした。
そして、歩道の真ん中をゆっくりと歩み去った。
わたしは、猫の後ろ姿を見送った。
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