(Ⅳ)にゃんこ亭の猫たち ②別れの日
ニセマンの体調は、前よりも格段に良くなっていた。
食欲も出てきていたが、
いったん落ちた筋肉は、なかなか戻らない。
骨ばった臀部が、痛々しいくらいに尖って、
歩くときに、脚がかすかに震えていた。
季節は、秋。
養生には最適な季節だったが、
よその土地から、ボス猫候補が流れてくる季節でもあった。
3・4歳の若猫で、怖いもの知らずの無鉄砲者が多い。
つまり、恋の季節だ。
女子猫をめぐって、かけ引きが繰り広げられる。
そんな若猫たちに、今のニセマンは、かないっこない。
すでに、妙な鳴き声がチラホラ聞こえだしていた。
縄張りが荒らされてしまうわけだから、
いつもなら、腕まくりして出かけるはずだが、
ニセマンには、もはや、そんな動きはなかった。
頭を撫でさせてからというもの、
人など信じるものか、という突っ張りも消え失せた。
この頃は、わたしと濡れ縁に並んで、
日向ぼっこするほどになっていた。
骨ばった背中を、そっとさすると、
気持ちよさそうに香箱をつくって、眼を細めた。
そんな時のニセマンは、昔話に出てくる好々爺のようだった。
この毎日が、ずっと続いていくように思っていた。
しかし、そうではなかった。
・・ある日。
ウンニャーオ・・ウンニャーオ・・
ニセマンの声のようだ。
最近では聞いたことのないほどの、
のぶとい鳴き声が、庭に響いている。
聞きようによっては、元気な鳴き声と言えなくもない。
けれども、どうしてだろう・・不安がよぎる。
「・・ニセマン、なあに・・?」
きっちりと庭の真ん中に座って、わたしを見上げている。
ウンニャ―オ・・ニャーゴ・・
大きな声だ。
旅立つ「あいさつ」だということが分かった。
「どこに行くの?・・ここに、居なさい!
ニセマン!にゃんこ亭にずっと居なさい!
そんなに弱っているのに、出ていったらダメ!」
ニセマンのまなざしには、どこか悲しみが漂っている。
『ウギャーッゴーーー!!』
ひときわ大きく鳴いた。
猫は遠吠えはしない、と聞いていたけれど、
あの鳴き声は、遠吠えに違いない。
・・別れを告げる遠吠え・・。
ボス猫として、雄々しく生きたニセマンは、
身をひるがえし、行ってしまった・・。
そして、二度と、姿を見せることはなかった。
推定年齢は10歳だった。
ボス猫時代のニセマン
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