(Ⅴ)にゃんこ亭の猫たち ⑤セピア改めペコとなる
新しい飼い主に、連れて行く日が近づいてきた。
そんなある日、М氏から電話があった。
「預かった猫はウチで飼う」という。
友人には、やれないというのだった。
わたしは理由を問うた。
「あの猫は声が出ないんだよ」
「そんなことはないわよ。鳴きますよ」
「いや、それが鳴けないんだよね」
「・・・?」
どういうことなのだろう?
わたしは、М氏の言っていることが理解できなかった。
娘も首を傾げた。
「セピアは、ちゃんと声が出るよ」
そう・・我が家にいる時のセピアは、
きれいな細い声で鳴いたものだった。
「うちに帰りたくて、なきすぎたのかも・・」
娘がつぶやいた。・・そうかもしれない。
不憫さがつのった。
~ ~ ~ ~
セピアという名前は、呼びにくいとМ氏が言う。
「そんな気取った名前はいやだな」とも。
黒茶色になった写真の色をいうのだから、
毛色にぴったりの名前だと思うのだけれど、
・・しかたがない。飼い主はМ氏になるのだから。
いろいろ考えて、「ペコ」と決まった。
これは、[べっ甲猫]に由来する名づけで、
「べっ甲猫のペコ」ということだ。
そうじゃなければ、カラスという名前になりそうだった。
「マリア・カラスのような声がいつか出るように」と。
・・あぶない、あぶない。
アヒル(クロミちゃんの本名)の次は、カラスだなんて。
【(7)里帰り猫 ご紹介ページ ①クロミちゃん 参照】➡
М氏にはМ氏なりの名づけのセンスがあるらしかったが、
ほかの動物の固有名詞を名前にするのは、
どんな動物に対してでも、わたしは反対だった。
ペコとなったセピアは、その後もずっと、
М氏宅の猫として、先輩猫たちと暮らした。
けれども、わたしの姿を認めたとたん、
猫ドアから外へ出ていくようになっていた。
そして、猫ドアの外から、ガラスに顔をくっつけて覗く。
『アイツ、まだ、いる!』というように。
ほんとうに恨めしい顔をして・・。
にゃんこ亭には、決して来なかった。
わたしの家を記憶していたはずだろうに、
ただの一度も、足を向けることはなかった。
ひたすら、わたしを拒絶して、
『あんたなんか、だいきらい!』と体中で叫んでいた。
ペコにしてみれば、二度、捨てられたと思ったろう。
一度はもとの飼い主だった人に。
そして、次は、わたしに・・。
娘のアレルギーの事ばかりを考えて、ペコを手放した・・。
何度も様子を見に行ったけれど、連れ帰ろうとはしなかった・・。
ペコはそのたびに期待して、裏切られたのだ。
ペコを気づかうようなその行為が、実はどれだけ残酷なことだったか、
・・当時のわたしは、気づくことがなかった。
『やさしいふりなんて、しないで!』
ことばが話せたら、ペコはわたしを糾弾したことだろう・・。
・・ペコ・・わたしをどうかゆるしてほしい・・。
ペコのことを想うと、わたしはつらくなる。
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