(Ⅷ)にゃんこ亭の猫たち ⑦大吉と娘の関係

大吉 飼い猫
娘と一緒に

(Ⅷ)にゃんこ亭の猫たち ⑦大吉と娘の関係

 

娘が地方の大学に入学して、家から離れた。

離れるまで、娘は大吉に、家を出ることを伝えてはいた。

「引っ越しするのよ。大ちゃんと別れるのは悲しい」と。

 

【猫は人語を理解する】とわたしは考えているが、

聞いたことのない単語や、体験に基づかない言葉は、

どうしても理解できないはずだ。

これは、わたしたち人だとて、同じことだろう。

 

小さな引っ越しの時、大吉は外出中だった。

娘の部屋から、いろいろなものが無くなったが、

目につくもの、例えば、ベッドや本箱や机といったものは残った。

それらは作り付けだったからである。

大吉の目には、変わりのない光景だったろう。

 

そして、ある日、娘は大吉の前から忽然と消えた。

ことばがしゃべれたら、問うたはずだ。

『こども、どこいったのさ?』

 

三か月経って、娘はやっと長期の休暇で帰省した。

新幹線のホームで、わたしと娘は抱き合って再会を喜んだ。

人でさえ、それほどまでに長い月日だった。

 

大吉はその日も外出中だった。

夕方になって帰ってきた時に、

「大ちゃん!!」と呼びかけた娘の姿をみて、

ビョン!!!

驚きのあまり、斜め横に吹っ飛んだ!

そしてローボードのガラスにぶち当たった!!!

ガラスにはイナビカリみたいなヒビが、ピシシッ!と走った・・・

 

大吉は娘の顔を、丸い眼をさらに大きく見張って、

ジーッとみつめていたが、急ぎの用事でもあるかのように、

そそくさと庭から出て行った。

・・その日はとうとう帰らずじまい。

翌日の夕方にやっと帰り、食餌を取るとまた出て行った。

 

落ち着いたように見えたのは、娘の帰宅後一週間も経った頃だ。

 

なぜ、それほどまでの驚きに見舞われたのだろう。

娘いわく「死んだと思っていたのじゃないか」と。

死んだはずだと思っていた人が生きて戻ったとしたら、

だれもがきっと、あんなふうに驚くのかもしれない。

その後で、喜びに変わるはずだと思うが、

大吉の場合は、誰からもいっさいの説明もなく、

【死んだはずの娘が突然、目の前にいた!】ということだろうか。

 

気もちの悪いような、恐ろしいような、

なんとも言いようのない驚きだったのかもしれない。

猫と娘

娘と一緒に (また、どこぞで鼻にキズ)

娘は[姿を消し、また現れる]ということを、

数年もの間、繰り返すことになるのだったが、

そのたびに、しばらくギクシャクしたものだ。

 

ローボードは本箱に姿を変え、娘の部屋にある。

ガラスは今も、イナビカリのヒビのまま・・。

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