⚫最終章
①奇妙な傷 (2013年 6月)
少し前から、
見かけない茶トラの若猫が、
町をのし歩きだしていた。
そればかりか、我が家の生垣の前あたりで、
しきりに鳴いては、存在をアピールする。
大吉は、イライラしはじめたものの、
腕まくりして飛び出す気配はなかった。
それでも、用心しなければ!
「ジェントルマンはケンカしないよ」
大吉の耳元で幾度もささやいた。
長く人と生活を共にする猫などは、
人の言葉を100%理解していると私は思う。
褒められれば目を細めるし、
けなされれば目を剥くし、
耳が痛いことを言われれば、
心底ウンザリの顔をする。
この時は「ケンカしないように」言い過ぎて、
むしろ、逆効果だったかもしれないと反省している。
6月18日夕方。
大吉は、『すぐかえるね』というように、
いかにも軽い感じで出かける。
ところが、その日は帰らず。
翌19日の昼遅くに戻った。
こそこそして、
私の視線を避ける。
こういう態度の時は、
手傷を負っていることが多い。
体じゅうさわると、あちこち痛がる。
背中には五百円玉ほどの丸い傷。
あまり見たことがないような傷で、
皮を剥がされたように見える。
すぐに病院に連れて行った。
熱っぽくもあったので、
抗生剤入りの点滴をしてもらう。
傷は、一度は治った・・はずだった。
それが、どうしたものか、
青魚のハダのように、
テカテカと光沢を持ち、
ジクジクと濡れたようになって、
またぞろ、ぶり返したのだ。
再び、抗生剤入り点滴。
奇妙な傷だった。
今にして思えば、
この奇妙な傷が、始まりだった。
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