(Ⅴ)にゃんこ亭の猫たち ⑧タクちゃんの【ふたつの顔】
タクちゃんは、穏やかな男の子猫だ。
荒々しい振るまいは、見たことがない。
ある日、わたしに抱っこしているときに、
庭の向こうから雄猫たちの争う声が聞こえた。
「あら、近くでケンカしてるみたいね。
タクちゃんは、ケンカなんかしたらダメよ」
こんこんと言い含めていたのだが、
なにを勘違いしたのか、急に『行く』という。
「いや、やめたがいいよ、ケンカなんて」
『行くよ!おろしてよ!』とジタバタする。
・・しかたがない。
「なら、がんばってきてね!」と庭に下ろした。
ぴゅー、と垣根を越えて行く、のかと思いきや、
庭の真ん中でパタ!と足を止め、ふり向いていわく、
『あれ?行かないの?』
わたしは「ノー!」と首を振る。
「・・行かないわよ。オバは猫じゃないもん。
戦ったりなんかは、しないわよ・・」
『えー!!』
くちパカで驚きをあらわして、さっさと踵を返してきた。
『どして、ボクといっしょにいってくれないの?』
不思議そうに首を傾げて、じっと、わたしを見つめる。
だんだん、こちらが不安になってくる。
(おかしいな。タクにはわたしが大猫に見えているのかも)
おもわず、耳を触る。大丈夫!猫耳じゃなかった。
タクちゃんは、荒ぶる猫どもを、
わたしが蹴散らしてくれるものと、思い込んでいる。
甘えん坊の【タクぼん】なのだ。
でも、別の一面も、タクちゃんにはある。
ある秋の日のこと。
朝から不穏な空模様だった。
雨は降ったり止んだりをくり返していたが、
午後早くに、急に冷たい風が吹き出してきて、
バケツをひっくり返したような大雨になった。
猫たちは、風が吹く前には家路についたはずだったが、
なぜか、その雨の中、タクちゃんが舞い戻って来て、
わたしと一緒にリビングに居たのだった。
空に稲妻が走る!
ドドーン!!
建物が揺れるような、大きな雷鳴が轟いた。
と、どこかに落ちたらしい。付近一帯、停電にみまわれた。
わたしは、タクちゃんを抱きしめて、
「タクちゃん、こわいね!」とくり返した。
実際、心細かった。
タクは、わたしの手を舐めて元気づけてくれたり、
勇敢にも、家の中に変わったことがないか、
暗闇の中を歩き回って警備をしてくれた。
ムクムクのタクちゃんは、心の支えであり、救いの神だった。
(後で分かったことだったが、この時は電車も止まって、
夫も娘も、なかなか帰ることが出来なかった)
それからというもの、大雨になって雷が鳴り響くと、
雨をついて、タクちゃんが来てくれるようになった。
オバを救いに、パカッパカッと馳せ参じてくれるのだ。
さながら、中世の騎士!
本当に心強い【猫ナイト♡】の一面も持っている。
コメント
にゃんこ亭の庭は、まるで猫の幼稚園・・・人間の子供なら三歳児くらいかな、いろんな猫たちが、入れ替わり立ち替わりやってくる。エサを食べ、遊び、眠り、けんかし・・・若月さんは、ネコ稚園の保母さん。毛の色や種類だけでなく、猫にも性格の違いがちゃんとあるんですね。
楽しく、おかしい話だけでなく、悲しい別れもあったりして、庭猫たちとの不思議な交流の世界・・・続きを楽しみにしています。