(Ⅳ)にゃんこ亭の猫たち ③もうひとつの別れ(ニセマンの去った翌日に)
ニセマンが、にゃんこ亭から姿を消した翌日、
獅子丸もまた、居住まいを正して、わたしに別れを告げた。
【(8)にゃんこ亭の猫たち ⑨獅子丸くん 参照】➡
男子猫の宿命なのだろうか・・。
どこか別の地に旅立って行こうとする。
ニセマンが養生しているときにも、獅子丸は庭に来ていて、
濡れ縁にはニセマンが、
少し離れた枇杷の木の根元には獅子丸が、
それぞれ、カリカリを食べていたものだった。
二匹の関係はどうだったのだろう。
にゃんこ亭でケンカしている場面は、見たことがない。
では、仲が良かったかというと、そこは微妙だった。
獅子丸が来ると、ニセマンは落ち着かない様子だったし
獅子丸だって、身を低くして警戒怠りなかったものだ。
それでも、小さな庭の、あちらとこちらで、
いがみ合うこともせずに一緒に居たわけだから、
勇み肌の男子猫の世界にも、友情めいたものがあるのかもしれない。
獅子丸がこの地に来た当初、ニセマンは堂々のボス猫だった。
以来、ずいぶん長く留まっていたことを考えると、
きっと、なんらかの仁義を切り、認められていたに違いない。
ニセマンの、あの遠吠えが、まだ耳の奥にこだましているのに、
獅子丸までもが、真剣なまなざしで、わたしに別れを告げようとしている。
・・悲しみを帯びたまなざしで・・。
ニセマンとそっくりじゃないか!
しかも、昨日の今日だなんて・・。
まるで、約束でもしたかのように・・。
老いたニセマンを、いっぴきでは行かせられないと、
そんなことを思って、旅立ちを決めたみたいだ。
・・これは、うがちすぎだろうか。
「まさか、獅子丸も行っちゃうんじゃないでしょうね」
そう言いながら、わたしには、別れが、分かった。
「クマくんが、いなくなったからって、
獅子丸は、どこにも行かなくてもいいのよ!」
【(Ⅲ)にゃんこ亭の猫たち ③クマくんの死】➡
わたしは、獅子丸の身の上に同情していた。
右脚の指の欠損があっても、ものともせずに生きていたからだった。
どれほどの困難辛苦を克服したことだろう・・。
努力と知力と愛嬌と、たぐいまれな素直さで、
獅子丸は、わたしを魅了した。
それこそ、[可哀想だたぁ惚れたってことよ]である。
クマくんとケンカして、大怪我をさせた時でさえ、
「よくまあ、あの不自由な足で勝利したものよ!
あっぱれな猫だなぁ」と感じたほどだった。
クマくんもかわいかったが、
獅子丸くんもかわいかったのである。
このまま、庭に居てくれることを望んでいた。
そして、居てくれるものと思い込んでいた。
それなのに・・行ってしまうだなんて・・。
『ウニャーーゴ―ー!!ウギャーーゴーー!!』
やはり、遠吠えだ。
「獅子丸!」
わたしの呼ぶ声に、耳はピクリと動いた。
けれど、いちど空を見上げ、また、わたしに視線を戻し、
思いを吹っ切るようにして、飛ぶように姿を消した。
「惚れたかもしれませぬ」と思った猫は行ってしまった。
(素直でたくましかった獅子丸)
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