(8)にゃんこ亭の猫たち ③飼い主の家
黒猫クマくんの素姓を、
わたしは、しばらく、ぞうきん猫の息子で、
クロミちゃんたちに庭を譲って出て行った、
あの猫忍者クロだと思い込んでいたのだった。
【(5)猫忍者クロ ⑤クロの旅立ち 参照】➡
この黒猫とクロミちゃん、ミケちゃんの飼い主が、
どうやら同一人物らしいと知った時の驚きときたら!
いったい、家はどこなのだろう?
女の子猫たちの行動範囲は、それほど広くはない。
そのことから考えても、遠くの家ではないはずだ。
離れていても、200メートル圏内だろう。
ある日、偶然に、その飼い主の家を知ることになった。
調べている時には、何の手がかりもなかったのに、
物事が動く時は、とんとん拍子だ。
道しるべが、ふいにあらわれて、道案内してくれたりする。
その飼い主の家はすこし高台にあって、下から庭を見上げると、
猫のしっぽらしいのが、庭木の間から見え隠れしていた。
まちがいない!この家だ!
わたしは、猫缶を手土産にその家を訪ねた。
【Мさん】という名前であることも、この時、判明した。
出てきたМ氏は、ギョロリとした目をして、
「どちらさまですか」といった。
苦虫を噛みつぶしたように、不機嫌そうだ。
やっと見つけた!と奮い立つ気持ちが急速にしぼむ。
でも、逃げ出すのは、NGだろう。
「あ、あの・・おたくの猫が来るんです。庭に」
М氏の目が、急にやわらいだ。
「あ、そうですか・・いや、それはどうも・・。
ぼくも、うわさでは聞いてたんだけど。
でも、どこの家か分からなかったんですよ・・」
М氏の声はテノールだ。もの静かに話す。
たしかに、猫に好かれる雰囲気かもしれない。
М氏も、わたしを気にかけていたという。
「わたしも、ずっとお宅を捜していました。
昨日、思いがけなく分かったんです。で、ご挨拶に伺いました」
「それは、どうも・・」
「いえいえ・・」ぺこぺこの応酬。
それを断つようにして、
「ところで、あの黒猫なんですが・・」
と、わたしは猫忍者クロの経緯を説明した。
「・・だから、ぞうきん猫の子どもなんです!」
キッパリといった。すると、
「いや、それは違います!」
М氏は、わたしより、さらにキッパリというのだ。
「ん!」
あまりのキッパリ感に、わたしはちょっとムッとした。
(なんの根拠があって、そうまでいえるわけ!)
「いいえ、クロに間違いないです!」
さらにさらに、キッパリキッパリと、いいつのる。
М氏は、面白そうにわたしを見て、
「あの黒猫はね、ぼくが育てた猫なんですよ・・。
向こうの植え込みの中で見つけてね。
小さくて、ダメかもしれないと思ったけど・・。
哺乳瓶で育てたんですよ。名前はクマです」
というではないか。
「え!・・そう、なんですか。知らなかったわ。
・・それなら、あなたが正しいわ。クマくんというのね・・。
でも、そっくりで・・てっきりクロかと・・」
引き下がるしかない。(なぜか負け感が強かった)
「えーっと、この缶詰、お近づきのしるしです。
猫たちに食べさせてあげてくださいね!」
わたしはムキになったことが急に恥ずかしくなって、
М氏に猫缶を押し付けて、そそくさと辞したのだった。
夕方、М氏の奥さんが、留守をわびつつ、
葡萄を持って挨拶に来てくれた。(・・海老鯛だった)
М氏夫妻とは、今後、猫仲間として、
長いお付き合いが始まることになる。
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