(5)猫忍者 クロ ①黒猫 あらわる (1993年 秋)
庭に、ちいさな黒猫があらわれた。
どうやら男の子らしい。
マント嬢も来ていた頃だが、
かち合うということはなかった。
ツツジの植え込みの中や、花壇の裏に隠れながら、
マント嬢の出入りを、見定めていたのかもしれない。
黒猫は気配を消すのが大得意で、
真昼の光の中でさえも、
樹の下陰にパっとまぎれてしまう。
その様子は暗躍する忍者を連想させた。
だから名前は猫忍者、クロ!
猫忍者の毛並みはしっとりとして、
ビロードのようだった。
鈍い日差しにも、つやつやと輝く。
なでたいな、と思っているのだが、
臆病で、なかなか、なでさせてくれない。
一歩近づくと、二歩逃げる、というぐあい。
ふーん。
どうしようかな。
庭にはエノコログサが、わんさか茂っている。
はーい、草取りおばさんですよー、って調子で、
草取りをするふりをする。
{お仕事している}という雰囲気をかもしだすと、
不思議なことに、逃げないのだった。
すこし離れたところで、毛づくろいしたり、
ひなたぼっこしたり、ウトウトしたりしている。
エノコログサは別名ネコジャラシともいう。
わたしはそーっと一本引き抜いて、
「ほーら、ほら、たのしいよぉ、あそぼうか?」
ネコジャラシを、くるくると回す。
臆病な猫忍者であろうが、
猫は遊び好きに違いないのだから、
ネコジャラシの誘惑にそっぽを向くなんて、
そんな芸当はできなかろうよ。
「ほーら」といった瞬間、
あっさり、忍びの者なんかやめたようだ。
ふふふ♡・・やっぱりね!
ネコジャラシの穂先にピタリ焦点を合わせ、
クロはお尻をこころもち上げた。
ぴょ、ぴょ、ちいさな前足を出して、
一気にじゃれついてきた。
「そーれ!」大きく振る。
興に乗って、立ち上がった。
「おー!、すごいすごい!」
ひょいと抱き上げることに成功した。
いやがるかと思いきや、クロは、
わたしの腕の中で、グルグルとのどを鳴らした。
コメント