(Ⅲ)にゃんこ亭の猫たち ⑤美意識とコンプレックス
にゃんこ亭に来る猫たちの間には、序列があった。
ナンバーワンはクロミちゃんである。
舞台(物置)上では、『センター』をつとめる。
センターは、クロミちゃんだけが占めているから、
他の猫は、クロミちゃんが居ない時でさえ、そこを避ける。
ちまたで大人気の、少女たちの集団のように、
猫の世界でも、センターは重要なものらしい。
さて、このクロミちゃん。
頭のきれる猫である。万事においてそつがない。
センターをとる才能は、もともとあるのだが、
なにしろ、強すぎるコンプレックスを持っていて、
なかなか、自信が追いつかない。
【①「かわいい大作戦」 参照】➡
クロミちゃんの根強いコンプレックスとは?
それは、ただひとつ、黒と茶の入り混じった毛色。
よく、べっ甲猫と称される模様である。
美しい姉妹猫のミケちゃんがいるために、
そのコンプレックスに拍車がかかっているのだ。
[コンプレックス]と[美意識]は、実は表裏一体である。
コンプレックスが強く、美意識も高いから、
黒っぽい背景のなかでは、写真さえも嫌がる。
写真そのものが嫌なのかと思っていたが、さにあらず。
光沢のあるピンクサテンのクッションの前とか、
黄緑色の柿の葉陰とか、そんなポジションでなら、OK!
自分をきれいに見せる、色や場所を熟知している証拠である。
美意識がどんどん高くなるにつれて、
いつのまにか、ミケちゃんを嫌いだした。
きれいな猫ね、といわれるミケちゃんが、
目ざわりになってしまったのだった。
ある日のこと。
物置の上に、姉妹が並んでいた。
仲良く、というわけでもないらしい。
ミケちゃんの表情には、どこか緊張感が漂っている。
クロミちゃんは後ろ姿なので分からないが、
ミケちゃんを端のほうに、ジリジリと追い詰めているようだ。
気のせいだろうか・・?
と、思う間もなく、ミケちゃんは落ちた。
外の側溝に、である。
広い場所であれば、体を回転させて着地できるが、
垣根とフェンスの間にある側溝は狭い。
回転することは、たぶん無理だろう・・。
ガシャ、ザザザ、ジャジャ、ザリ、ガシャ、ジャ・・・。
フェンスにすがり、垣根にすがったような音が聞こえた。
「クロミちゃん!!!」わたしに叫ばれて、
一瞬ぎくり!としたようだが、すぐに開き直った。
そ知らぬふりをして、『ぷん』と顔をそむけた。
駆け寄って、側溝をのぞくと、
ミケちゃんがわたしを見上げていた。
「だいじょうぶ?ミケちゃん」
くちパカで、『にゃ』とこたえた。
なんとか怪我はなさそうだ。安心はしたものの・・。
クロミちゃんのコンプレックスは、
「かわいい大作戦」だけではダメらしい。
頭が良いだけに、単純にはいかないようだ。
クマくんが死んで以来、М氏宅の猫たちの関係性が変わった。
均衡が崩れた、という感じがしきりにする。
それまでは、クマくんが調整役になっていたのかもしれない。
紳士だったからね、クマくんは。
クマくん亡きあとは、人が気を配らなければ・・。
これは、ミケちゃんのためでもある。
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